☆懐かしいゲーム

インベーダーゲームで遊んでいた頃

インベーダーゲームが登場した時はかなり衝撃的でした。言わずと知れたアーケードゲームの傑作です。1978年(昭和53年)にタイトーがリリースしたんですね。ワンゲーム100円で、リリース当初は縦型のボックスで立って遊ぶマシーンでした。当時まだ小学生だった私は、お小遣いで遊べるほど安くは無かったんです。なので、親と買い物に出かけたりした時に、一回だけ遊ばせてもらったり、休日に新宿などに行った時にしか遊ぶことは出来ませんでした。

 

当然、そんなプレー回数なので、すぐにゲームオーバーになってしまうんです。数分で終わってしまうこともありました。それでも小学生の私にとっては、興奮しまくる遊びの筆頭になったのです。少し時代が過ぎると、インベーダーゲームはテーブル式になり、価格も50円くらいで遊べるようになりました。

 

この頃、裏技でテニスのガットを使って、クレジットを増やす方法がありました。当然犯罪行為なのでここで語るのも問題だとは思いますが、時代を語る上でこれは外せない事だったと思います。だんだんとエスカレートしたクレジットを増やす方法は電気ショックを与えて、クレジットを99か100にする方法も出てきました。詳しいことは書きませんが、当時の子供の間ではごくごく普通に行われていたのが、不思議でしょうがありません。今で言うチートのようなものですね。学生の間では、そんな裏技がすぐに広まるんです。

 

そんなことをして居ながら、インベーダーゲームを始め、ドンキーコングやパックマンなど延々と放課後にやり続けていました。インベーダーゲームはその頃になるとそれほど人気では無くなっていたのですが、私にとって、何回でもやりたかったゲームがインベーダーゲームだったので、他の新しいゲームに夢中になる友達を横目にインベーダーゲームをやり続けていた記憶が残っています。

 

名古屋打ちをマスターして、かなりのレベルまで上がったと思います。当時インターネットも無い時代にどうしてあそこまで、名古屋内の技術が広まったのか・・・。今なら動画サイトでプレーを見て覚えると言うことが出来ますが、当時はプレーしている人の後ろで、見て覚えることしか出来ないのに、あそこまで広まるのは凄いことだと思います。

 

インベーダーゲームはどんどんと他のゲームに追い越され、最終的には駄菓子屋の一角や、プレハブ小屋に数代のゲーム機がおかれたようなところで、10円までプレー代が下がったと思います。急劇に色々なゲームが登場したんですね。良くは覚えていないのですが、インベーダーゲームがリリースされ数年でそんな状態になったような気がします。

 

私にとってインベーダーゲームはゲーム人生の始まりであり、忘れられないタイトルであることには間違いありません。